アメリカの誕生~東部13州の独立~

アメリカ史★★★/イギリス史★★/フランス史★

アメリカが独立を宣言したのは1776年7月4日です。

さて、アメリカはこのときどこからの独立を宣言したのでしょうか?

答えは、イギリスです。

当時、イギリスの植民地だった北アメリカの東部13州が独立宣言しました。

では、なぜ独立宣言するに至ったのか?

今日はアメリカが誕生する、独立前の歴史をみていきましょう。

もくじ

イギリスの財政難

さて、時代は少し戻って1756年です。

当時のヨーロッパは、戦争していないときがなかったんじゃないかと思うくらい、そこかしこで戦争が行われていました。

イギリスも例外ではなく、このときはフランス、ロシア、スペインなどと七年戦争(1756年~1763年)を行っていました。

また、同時進行でフランスとフレンチ・インディアン戦争(1754年~1763年)も行っており、主戦場は北米でした。

自国を守りながら、北米大陸では植民地も守らないといけない。

イギリスは戦費を調達するのに火の車でした。

そんなイギリスがなんとか戦費に充てる資金を取れないかと考えたのが、植民地からの徴税でした。

北米の地を守ってやってるんだから、現地で戦費負担すべきだろう!

この考えが、根底にあったようです。

まずは1764年、砂糖法を制定して税金を課しました。

続いて1765年に印紙法を制定して税金を課しました。

ここで有名な「代表なくして課税なし」という言葉が出てきます。

そもそもイギリスは議会を通して法律や税金を決めるという考えが根底にあります。

東部13州のイギリス植民地側からすれば、その議会に参加もしていない(=代表を派遣したわけでもない)状況で勝手に税金だけ課されるのはおかしい、ということです。

印紙税なんて払うもんか!ですね。

その後もタウンゼント諸法が制定されますが、植民地側はイギリス品不買運動で対抗。

そしていよいよかの有名なボストン茶会事件が起きます。

ボストン茶会事件(1773年)

名称だけ聞くと、お茶会でもしたのかしら?というのんきな言葉に聞こえてしまいますが、これがきっかけで独立宣言へ大きく動くことになります。

徴税について、イギリスは植民地側の茶の密輸に目を付けました。

当時は大量の茶を輸入していた植民地側ですが、ほとんどイギリス側に関税を支払うことなく密輸していたのです。

そこでイギリスは、イギリス東インド会社に、北米植民地に無関税で茶を販売する特権を与えました。

東インド会社からしたら、とてつもなくおいしい話です。

在庫処分も含めて北米植民地へ大量に運び出しました。

つまり、密輸業者よりも安く大量に運びこむことで、植民地側は輸入された茶を購入します。

税金ではなく直接売り上げをあげることで植民地から利益を取ろうと考えたのです。

これに怒ったのはもちろん密輸業者です。

当時は密輸=悪という世界ではなく、慣例的に行っていたことなのでそのマーケットを邪魔された、と考えられました。

怒りが頂点に達した密輸業者は、ボストンに運び込まれてきた東インド会社の茶を、船に乱入して海に投げ込みました。

あたり一面の海水が茶色に変色したとか。

これがボストン茶会事件です。

こういう歴史があるので、アメリカでは紅茶ではなくコーヒが根付いたのではないか、というのはおまけの話です。

アメリカ独立戦争

まずはイギリス東部13州はどのあたりなのか、おさらいしておきましょう。

マサチューセッツ、ニューハンプシャー、ロードアイランド、コネティカット、ニューヨーク、ペンシルバニア、ニュージャージー、デラウェア、メリーランド、ヴァージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージア

さて、独立戦争ですが、実はフランス国王ルイ16世とイギリスの戦いであるとも言われています。

フランスは直近でイギリスに散々負けてきましたから、一矢報いたとも言われます。

アメリカ独立戦争は、イギリスに対してジョージワシントン率いる反乱軍が独立を求めて起こした戦争です。

そしてこの反乱軍に、フランスが差し向けた将軍を送り込んでいます。(内緒で)

さて、この反乱軍、なかなか頑張るのです。

イギリスが思ったより苦戦している様子をみて、満を持してフランスが参戦します。

自国ではなくてお互い、別大陸での戦争です。

戦争に必要なことは武器と食糧。

実はルイ16世は用意周到にこの補給路の準備をしていました。

同時にイギリスの補給路を断たせる作戦も行いました。

さらに、フランスはスペインを取り込み、完全同盟を結びます。

1779年にはスペインも参戦しました。

植民地を多く持っていたイギリスは、いくら多くの海軍をもっていても、その他の植民地にも分散しているため北米の戦いに集中させることができません。

また、多くの国に海洋上で恨みを買っています。

イギリス側にたって戦う国は現れなかったため、ついに1783年にパリ条約でイギリスはアメリカの独立を認めさせられました。

これはまさしく、フランスの勝利でもあったのです。

だから、アメリカ独立100年の記念に、フランスから自由の女神が送られたんですね。

アメリカ大陸横断

独立後のアメリカはどうなったのか。

はじめは東部13州だけの独立だったのが、あれよあれよと西へ領土拡大していきます。

1803年:フランスからルイジアナを購入

1819年:スペインからフロリダを購入

植民地経営に行き詰まりを感じた各国が、財政難を少しでも回復しようとアメリカに売り渡しました。

また、ネイティブアメリカンからも、オハイオ、インディアナ、イリノイなどを買い取りました。

買い取ったというよりは、騙して無理矢理安い価格で巻き上げた、というのが正しい表現かと思います。

1845年:メキシコよりテキサスを併合

ここは複雑で、もともとはメキシコ領でした。

ところが1836年にアメリカ人の入植者たちだらけになっていたテキサスがメキシコに対して独立宣言します。

アメリカはメキシコと戦争をしたくなかったので、金を払うから併合させてくれないか、と持ちかけましたがメキシコは断ります。

結局戦争になり、1年足らずで決着。

アメリカはニューメキシコまで手に入れます。

1849年:カリフォルニアを手に入れる

1867年:アラスカをロシアより購入

気づけば北アメリカ大陸を横断し、飛び地のアラスカまで手に入れたアメリカ。

もう開拓する地がないぞ、となったとき、アメリカは太平洋を飛び出していったのです。

その先はヨーロッパ大国の手の付いていないハワイ島等太平洋の島々、そして日本や中国といったアジアに進出してくるのです。

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