スペイン王室の歴史〜スペイン継承戦争とフランスブルボン家

中世ヨーロッパ史★★★

1700年、4代続いたスペインハプスブルク家が途絶えます。

カルロス2世に子がいなかったためです。

さて、このあと誰が王位を継承するのでしょうか・・・?

こうなることはわかっていたから、フランスブルボン家とオーストリアハプスブルク家が次期国王として名乗りを上げ、既に対立してたんです。

戦争が起こりそうな雰囲気が漂っているね

しかし、すぐに戦争が起きたわけではありません。

当初はカルロス2世の遺言で、フランスブルボン家に後継を頼むといったことが書かれていたようです。

え?それならフランスブルボン家が引き継ぐんじゃないの?

それはそれで、納得しないオーストリアハプスブルク家が声を上げそうじゃないか・・・?

一度は決着がついたかにみえたスペイン継承問題、このあとどうなっていくのでしょうか。

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もくじ

フランス王ルイ14世がスペイン継承戦争を引き起こした!?

事実、遺言に沿ってフランスブルボン家がスペイン王になる予定でした。

後継争い問題に負けたオーストリアハプスブルク家。

ここまでは特に何も起こりませんでした。

問題はこのあとです。

そもそも、なぜフランスブルボン家がスペイン王の後継に指名されたのか?

家系図を見てみましょう。

ご覧の通り、スペイン王になる予定である人物は、フランス王ルイ14世の孫、アンジュー公フィリップです。

ルイ14世がスペインハプスブルク家に繋がる妻と結婚していたため、孫のフィリップもその血が流れているということです。

このときルイ14世が余計なことを言ったのね?

そうです。

単にフィリップがスペイン王になるだけならこのままおさまっていたはずです。

ところが、「フィリップがフランス王と兼ねる可能性がある」とルイ14世が含みをもたせたことで事態は急変します。

そんなことになったら、フランス・スペインと広大な領地になるじゃないか!!!

これには、イギリスやオランダなどその周辺国が声をあげました。

この波にオーストリアハプスブルク家がのります。

イギリス、オランダ、神聖ローマ皇帝はハーグ同盟を組み、フランスと対立して1701年スペイン継承戦争が勃発します。

オーストリアハプスブルク家当主が流れを変える

オーストリアハプスブルク家側である神聖ローマ皇帝レオポルト1世は、次男カールをスペイン王にすべく、戦いに挑みます。

長男ヨーゼフには皇帝位と中欧諸国を譲りました。

次男カールは小さい頃からスペイン王になるべく、スペイン語(カスティーリャ語)とカタルーニャ語を修得していました。

さて戦いは終始、同盟側が有利に進んでいきます。

バイエルンや北イタリア、ベルギーも確保し、一時はパリをも囲むほどだったようです。

このままだとフランスが負けてしまいそうだけど?

戦争は長引いていたけど、1711年に急転するよ

1705年に神聖ローマ皇帝に即位した長男ヨーゼフが、1711年に天然痘で急死しました。

残されたハプスブルク家の唯一の男子が、弟のカールでした。

ゆえに、全家領を引き継がなくてはならなかったのです。

そしてそのまま神聖ローマ皇帝カール6世として即位します。

こうなると、話はややこしくなります。

神聖ローマ皇帝カール6世がスペイン王にもなる!?

あれ、この状況、どこかで聞いたことないですか?

・・・あ、昔のカール5世に状況が似ているわね??

たしかに!あのときは両親の婚姻関係の賜でスペインとオーストリア両方の王になっていた!

そうです、カール5世の再来だと言われ、状況は一変します。

今度は、オーストリアハプスブルク家がスペイン王を兼ねるということになりかねないので、そうなるとフランス王がスペイン王と兼ねるのと同じ事になってしまいます。

これはこれで勢力均衡が崩れる、ということでイギリスやオランダはじめ、オーストリアハプスブルク家のスペイン継承に反対します。

結局、フランスブルボン家がスペイン王を継承することで1714年、戦争は決着がつきました。

フランスがはらった代償

フランスブルボン家のフィリップがフェリペ5世として即位し、その後ブルボン家の血筋が現在のスペイン王室に繋がっていきます。

一見、フランスの勝利のようにみえますが、払った代償もそれなりに大きかったのです。

まず、イギリスやオランダの同盟諸国とはユトレヒト条約を、オーストリアハプスブルク家とはラシュタット条約を結んで、スペイン継承戦争の終戦を迎えました。

これは、フェリペ5世として即位することを許す代わりに、フランス王との合同は禁止するという約束が大前提として結ばれました。

そしてハプスブルク家には南ネーデルラントとスペイン領イタリア諸地域(ロンバルディアやナポリ、サルディーニャ等)を割譲しました。

また、新大陸でもっていたフランスの領土をイギリスに手放すこと、イギリスにジブラルタルを渡すこと、、、といったように失ったものもかなり多かったように思えます。

地中海から大西洋に出るには、このジブラルタルを抜けないといけませんから、大事な拠点だったはずです。

ただ、スペインを得たことで今までスペインとオーストリアのハプスブルク家両方に挟まれた状況から脱出できた、という長年の悩みを解消できた点はフランスにとって大きな事でした。

また長い目でみれば、このときの代償があったからこそ、フランスブルボン家の血が300年以上続くこととなったとも見ることができますね。

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