世界歴代2位の在位期間を誇るイギリス・エリザベス女王に繋がる歴史

イギリス史★★★

エリザベス女王は2022年9月8日に崩御されました。心よりご冥福をお祈りします。

※この記事は2022年6月25日に公開したものです。

2022年4月21日。

イギリスのエリザベス女王が生誕96年を迎えました。

女王として即位してからは70年。

ということは26歳のときからずっとイギリス王室の顔としてやってきたのね

在位期間70年というのは、世界歴代2位を誇る期間です

歴代1位は誰だったかというと、フランスルイ14世です。

絶対王制として有名な、太陽王と呼ばれたルイ14世。

彼は在位期間72年ということで、このままいくとエリザベス女王は2024年5月以降、歴代1位になる計算です。

そんなイギリス・エリザベス女王に繋がっていく歴史を、少し前の時代から追いかけてみましょう。

もくじ

エリザベス1世とエリザベス2世

世界史の教科書に必ず出てくるエリザベス1世は、処女王と呼ばれた16世紀の女王です。

当初は王位継承権もなかったエリザベスですが、数奇な運命を辿ってメアリ1世の後にエリザベス1世となりました。

誰とも婚姻しなかったエリザベス1世に子はおらず、5代続いたテューダー朝は終わりを迎えます。

その後、エリザベス1世の祖父・ヘンリ7世の血を引くスコットランド王ジェームズ6世がイングランド王ジェームズ1世として即位し、スチュアート朝が始まります。

ところで、エリザベス1世以来の”エリザベス”となった、エリザベス2世。

彼女も元々は自分が女王になるとは思ってもみなかったことでしょう。

というのも、エリザベス2世の父であるジョージ6世は次男でした。

王位継承の第一順位はもちろん長男のエドワード8世。

エリザベス2世の祖父にあたるジョージ5世も、後継は長男であるエドワード8世に託したものの、人妻であるアメリカ人女性ウォリス・シンプソンとの結婚を望み続けるなど、様々な問題を抱えるエドワード8世にはずいぶんと頭を悩ませていたようです。

結局ジョージ5世が亡くなったあと、エドワード8世がイギリス王になったものの、彼は在位期間わずか325日で退位したのでした。

こうしてエドワード8世の弟であり、エリザベス2世の父であるジョージ6世にイギリス王がまわってきました。

エドワード8世が普通にイギリス王になって子供がいたら、いまのエリザベス2世という女王は誕生しなかったわけね。

ヴィクトリア女王の治世

イギリス史の中で有名な女王としては、ヴィクトリア女王も忘れてはなりません。

彼女が即位した時代は19世紀後半、まさにイギリスが大英帝国を築き、栄華を誇っていた頃です。

「イギリスは女王の時代に繁栄する」と言われることもありますが、まさしくヴィクトリア女王の時代はそれを象徴したものでしょう。

しかし彼女の出自をみると、純粋なイギリス人であったわけではありません。

ハノーヴァー朝のはじまり

先ほどエリザベス1世の時にお話しした、ジェームズ1世から始まるスチュアート朝に戻ります。

今のイギリスの原形ができたのは、スチュアート朝時代である18世紀初め頃です。

イングランドとスコットランドの連合王国ができた後、18世紀初めに今度はウェールズが統合されます。

このときの王であったアン女王は、イングランド・スコットランド連合王国の最後の女王です。

そして、ウェールズ統合後のグレートブリテン王国最初の女王でもあります。

ところが、アン女王には後継がいなかったため、1714年にアンの親族であったドイツのジョージ1世が王位を引き継ぎ、彼はハノーヴァー公だったためハノーヴァー朝が始まりました。

ドイツ系の血筋がここから入っていくことになります。

ちなみにアン女王はスペイン継承戦争に参戦表明をした女王でもあります。

イギリス誕生

ハノーヴァー朝時代にいまのイギリスが誕生します。

1801年、アイルランド王国を支配下に置き、「グレートブリテン及びアイルランド連合王国」となりました。

ヴィクトリア女王は1837年に即位しますが、即位前までは王位継承順位は第5位だったため、彼女もまた、まさか自分が女王になるなんて思ってもみなかったようです。

なんなら王位に就く気はなかったから、実際そうなることが決まったときは相当落ち込んだとか・・・。

ヴィクトリア女王の父はロンドン生まれのエドワード・オーガスタスで、母はドイツザクセン出身のヴィクトワールです。

父には3人の兄がいたので、王位継承権があるとはいえ、それがヴィクトリアにまわってくるなんてかなりの確率でほぼゼロに近いとさえ思われていました。

父はヴィクトリアがまだ小さいうちに亡くなっており、少女時代は母と不遇の生活を送っていたようです。

そんな彼女がなぜイギリス女王になってしまったのか?

これがうそのようでほんとの話なのですが、父の3人の兄が次々と早世してしまったのです。

ヴィクトリア女王、まさかの18歳でイギリス王に即位することとなってしまいます。

即位2年後にドイツザクセン出身のアルバートと結婚し、仲良し夫婦としてその後過ごしていくこととなります。

生まれた子エドワードは後にエドワード7世としてイギリス王に、そしてその子(ヴィクトリア女王からみて孫)がジョージ5世です。

ここでエリザベス2世の祖父ジョージ5世に繋がります。

第一次世界大戦は親戚同士のケンカ

ヴィクトリアとアルバートとの間に生まれた子や孫は、それぞれドイツ皇帝やロシア皇帝と結婚します。

孫のヴィルヘルム2世はドイツ皇帝になっていますし、孫のアレクサンドラはロシア皇帝ニコライ2世と結婚していますので、第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件のときに親戚同士うまく話ができていれば、4年半にもわたる悲惨な戦争は避けられたはずです。

1901年にヴィクトリア女王が81歳で没して後、まさか1914年に世界で初めての総力戦による戦争が親戚同士の対立で勃発するとは思わなかったことでしょう。

いま、エリザベス2世の治世である2022年も、世界は不穏な空気に包まれています。

実際に侵攻が起きて、世界はこれからどこへ向かっていくのか。

エリザベス女王には長生きしてもらいたいものですが、96歳の年齢から考えてこれから20年30年といつまでも長生きできるとは考えにくいですよね。

「繁栄を築く女王時代」の後に悲惨な歴史が繰り返されないことを願います。

ウィンザー朝のはじまり

ちなみに、いまのイギリス王室はウィンザー朝です。

ヴィクトリア女王の没後、夫であるアルバートの実家であるザクセン=コーブルク=ゴータの名をとって、ザクセン=コーブルク=ゴータ朝に変わりました。

続くエドワード7世、ジョージ5世の治世もザクセン=コーブルク=ゴータ朝ですが、ジョージ5世の時代にウィンザー家に名を変えてウィンザー朝がはじまりました。

これはジョージ5世時代、第一次世界大戦が勃発し、敵国であるドイツの名が王朝名につくことを嫌ったためです。

ウィンザーの名は、王宮のあるウィンザー城にちなんでつけられたようです。

また、本来王家は姓を用いないというのがルールでしたが、その先例を覆してウィンザーを同家の姓としても定めたようです。

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